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〜〜〜風見神社で



〜〜〜風見神社で



 まだ昼だというのに風見神社は随分と薄暗かった。
 瞳に焼き付いた夏の残像がチカチカと意味のない模様を薄闇に描き出す。
 頭上を仰ぐと淡く輝く木々の支脈。
 背の高い木々のカーテンはすっぽりと陽射しを包み込んで、一条、二条と伸びる細い木漏れ日を他に少しの光も逃さない。

【月子】で、この人が茂さん・・・。

 ・・・・・・胡散臭そうな男だった。
 リストラされたサラリーマンみたいなクシャクシャのスーツに不精ヒゲ。
 俺の顔を見てニヤニヤしやがって・・・何なんだよ。

【茂】やあ、こんにちは。陽司くん。

【陽司】なんで俺の名前を知ってんだよ。

【茂】月子ちゃんに聞いたからさ。

 そりゃそうだ、そんなの判り切ってる。
 けどそうじゃない。

 ・・・気に入らない。
 何を考えてるのか判らない。
 俺達に近づいて、この男は何を利用しようってんだ。
 そう思ってその真意を表情から盗み見ようとしても、そこにあるのはあの変な笑み。
 目を細めて俺を見て・・・・・・それが無性に虫に障る。

【茂】僕の顔に何か付いてるかい?

【陽司】・・・・・・知らねえよ。

【茂】そうかい。

 大体、俺をこんな場所に連れて来て何のつもりなんだ。

 まさかコイツ―――。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 いや、そんなふうには見えない。
 けど、だとしたら、マズイことになるかもしれない。
 月子を連れてあの場所まで逃げ切れるだろうか・・・。

【茂】ここはさ・・・イイ匂いがするよね。

【陽司】・・・・・・あ?

【茂】神社の古い木材の香り。ちょっとカビ臭いけど、落ち着くと思わない?

【陽司】・・・・・・知らねえよ。

 何なんだ。
 そう言われるとイイ匂いかもしれないけど、それが何なんだ。

【月子】陽司。シゲちゃんは悪い人じゃないよ。

【陽司】・・・どうしてそんなことが言えるんだよ。

 そんな保証あるものか。
 月子がダマされてるんだ。
 そうに決まってる。
 だってコイツはこんなに・・・・・・
 こんなに・・・・・・
 ・・・とにかく怪しいじゃねえかよ!

【茂】ほらリラックスして。僕はキミに危害を加える気は全くないよ。

 そいつは俺に両手を広げて見せて、そして土くれの地面に座り込んだ。

【陽司】わからない。俺はアンタのことを知らない。だから信用できない。

【茂】これから少しずつ分かり合えばいいさ。だからそのためにも、今は少しだけお互いに譲渡し合えば良い。

【陽司】そんなの俺にはわからない。したいとも思わない。アンタは何が目的なんだ。

【茂】僕はただキミ達と遊んで欲しいだけだよ。

 ニコリと微笑んだ。

【陽司】遊ぶ・・・?

【茂】そう。失礼だけどキミ達をのぞいてたんだ。素敵な秘密基地ができたじゃないか。すごいよ。

 ・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・何だと?

【茂】そんな怖い目で見ないでくれよ、怖いって。

【月子】陽司。

【陽司】なんだよ!

【月子】私が信用できないの?

【陽司】そうじゃねえ!

 そうじゃねえ・・・そうじゃねえけどよ・・・。
 怪しいじゃねえかよ・・・。
 俺達のことをのぞいてたんだぞ・・・。

 それなのに、お前は・・・。
 どうして信用することができるんだ。

【月子】茂さんは悪い人じゃない。私がそう言ってるの。

【陽司】・・・・・・・・・・・・。

 わからない。
 確かに月子が選んだってことは、悪いヤツじゃないのかもしれない。
 けど、俺にはどうしても・・・。
 ダメみたいだ。

【茂】ま、仕方ない、わな。まーーこれを見てくれよ。

 そいつはゆっくりと立ち上がって、悠長に神社の外れへと歩いてゆく。

【陽司】どこ行くんだよ。

【茂】こっちこっち。あたっ!

 歩きながら手招きして、そして後頭部を木の幹にぶつける。
 トロいやつだ。

 その後ろ姿が遠くなって、月子も俺を捨てて歩き出した。
 仕方ないので俺もその後を追った。

 ・
 ・
 ・

【茂】ほら、僕からキミ達にプレゼント。

 ちょうど神社の裏手。
 ただでさえ薄暗い場所なのに、その建物の影なんだからもう暗くてほとんど何も見えない。
 そこまで導かれて、やっと闇の中、そこに無造作に置かれている物の姿が見えてきた。

 農具のクワ。
 それと・・・これは、小さな手斧・・・かな。
 暗くてわかりにくい。

 ・・・これは何だろう。
 そんな中、一際目を引いたのが何かの大きな塊。
 ・・・・・・う〜ん。

【茂】目ざといね、陽司くん。

【陽司】い、いや・・・俺は・・・。

 正直、クワと斧。この二つが貰えるなら嬉しい。
 こればっかりは自分で工作して作り出すことができないわけだし、かといって自分達で買うお金もなかった。
 けど自給自足しようにも農具がなきゃどうにもならない。

 なんだかんだ、こう考えると自分達は袋小路に入り込みかけていたのかもしれない。

【月子】シゲちゃん太っ腹だね。

【茂】キミ達は僕の希望なのさ。今から寿司おごってやりたいぐらいね。

【月子】寿司・・・。

 す、すし・・・。
 いけないとは思っていてもその単語に惹かれてしまう。

【茂】もち、江戸前ね。コイツ運んだら食べいく?

 なっ!?

【月子】江戸前・・・。

 そ、それは・・・。
 食べ物に釣られるのか俺!今までの警戒心はどこいった!
 と、心の奥底で誰かが叫んだような気がしたが、寿司の誘惑にはかなわない。

【月子】永遠のあこがれ・・・。それが今・・・ここに。

【茂】大げさだなあ・・・二人とも。

【陽司】な、何で俺まで!

【茂】いや、ようちゃんヨダレたれてるし。

 げ。
 大急ぎで袖(そで)で口を拭く。

【茂】はっはっはっ、ようちゃんかわいいなあ。

【月子】そういう子ですから・・・。

【陽司】かわいいとか言うな!っていうかようちゃんって言うな!

【月子】寿司・・・江戸前。

【陽司】ぬ・・・。

 アニメだったら、羽の生えた気持ち悪い寿司が俺の周りを飛び交っているだろう。
 ぐぅ〜〜っと、お腹が鳴る。

【茂】二人ともそんなに寿司が好きなのかい?

【月子】・・・・・・食べたことないから。

【茂】なぬ!?マジか!

【月子】回転寿司も行ったことない・・・。スーパーのパック寿司で干ぴょうとカッパを少々・・・。

 ・・・同じく。

【茂】な・・・なんってことだ!寿司の味を知らん日本人がいるとは!よっしゃおごったる!吐くまで食べてくれ!

 お、おお・・・!

【月子】シゲちゃんってお金持ち・・・?

【茂】ん・・・・・・若干。そーいうのは聞かないどこう。

【月子】うん。

【陽司】・・・・・・・・・・・・。

【茂】ようちゃん、またヨダレ。

 ぬ!
 また袖で拭う。

【茂】ま、取りあえずプレゼント受け取ってもらえるのかな。

【陽司】・・・・・・ああ。もらっとく。

【茂】そう、よかった。

【陽司】・・・・・・あの、さ。

【茂】ん〜〜?

【陽司】・・・あ、ありがとよ。

 なんか恥ずかしい。
 茂さんから視線を外す。

【月子】・・・・・・・・・・・・。

【茂】うん。どういたしまして。ま、ということでササっとその説明をしちゃおっか。

【茂】まず、さっきようちゃんが見つめてたコレ。暗くてよくわからないかもしれないけど、コレはトタンさ。トタン板。

【陽司】トタン?

【茂】うん。鉄を亜鉛でコーティングした鋼材。別名、溶融亜鉛メッキ鋼板。鉄より錆びやすい亜鉛でコーティングすることによって犠牲防食作用を発生させ鉄の腐敗を防ぐ鋼材。

【月子】・・・・・・つまり、スゴイ板。

【茂】ま、平たくいえばそー。ついでに安くて、施工が簡単。ダンボールハウスの追加装甲にピッタリ。

【月子】おーー。

 追加装甲・・・。
 その単語と自分の中の勝手な完成イメージにちょっと萌えた。
 ・・・・・・わかってるじゃないか、茂さん。

【茂】そんであと釣り竿。あの川はアユがいたぞ。釣ったらきっと美味い。塩擦り込んで焼いてな・・・。陽司くんヨダレ。

【陽司】わ、っとと。

 拭いた。
 袖がなんかもうびっちょりだ。

【月子】ゆるい・・・がばがば・・・。

【陽司】うるせえ、変な言い方するな!

【月子】ふっ・・・。

【茂】まあ、アダルツな発言はさておいて。んでこれが高枝切りバサミ。秋になったらアケビとか山ぶどうが成るだろう。これでそいつを美味しくゲットだ。

【陽司】ちょっとハシャギ過ぎじゃないか?

【茂】いーじゃん。何かに使うかもだし、買っちゃった。

 ・・・・・・金持ちはいいな。

【茂】で、最後にトマトとナス、キュウリ、珍しいところでサンチュの苗や種。今すぐ栽培できる。・・・こんなものかな。

 サンチュ?

【月子】サンチュってなに?

【茂】レタスみたいなもんかな。ちょっと苦みがあるけど、焼肉を挟んで食うと美味い。

【月子】シゲちゃんって食べ物のことばっかだね。

【茂】重要なことだよ。

【月子】うん。

【茂】・・・とまあ、この辺りは肥沃で有名な土壌だから巧くいくさ。・・・ま、ということで取りあえずコレ運ぼうか。

【陽司】あ、ああ・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。
 なんか・・・随分とないかこの荷物。
 俺達三人で運んで・・・ざっとニ往復半。ぐらいかな。
 ・・・・・・なんだかなあ。

【月子】ありがたいけど迷惑。

【陽司】ハッキリ言うな。

【茂】う〜〜む、ちょ〜〜っと・・・買い過ぎたかなあ。

【月子】反省しても現状は変わらない・・・。

【茂】ぐ・・・・・・ごめんよ。まあ・・・とにかく運ぼっか。

【陽司】ああ。

【月子】お寿司が美味しくなると思えば辛く・・・・・・ない?

 辛い。

【茂】それじゃ、まずトタンを半分運んじゃおっか。陽司くんそっち持って。月子ちゃんは他のガラクタお願い。

【月子】らじゃ・・・。

 茂さんと向かい合ってトタンに手をかけた。

【茂】それじゃ、いくよ。いっせーのーでっ。

 持ち上げた。
 重い。少しトタンの角が指先に食いこんで痛い。

【茂】ちなみに僕の腰は壊れかけだ。突如(とつじょ)としてギックリ逝くかもしれないけどヨロシク。

 冷静な表情とセリフでそんなことをのたまう。
 ・・・前途不安だ。
 少なくとも寿司を奢ってもらうまではその腰には生きてもらいたい。

【茂】じゃ、いくよ。

 既に俺達を無視して運び出す月子を追いかけて、俺達は棲家へと歩きだした。


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